アイディアを否定されると、まるで人間性を否定された気分になる
こんばんは。
郷あらば郷に従え。
こんな言葉もありますが、不満たらたら子さん状態で、どうしようもないので書き留めておきます。
グループワークを何度かして思ったのですが、
ドイツでは、考える時に形から入りやすい気がします。
今回のプロジェクトは、段ボールという強度の弱い素材を使って乗り物を作るというものなんですが、メンバーは形のアイディアしか出してこない。しまいには、先生すら形の事しか言わない。
「段ボールで、どうやってつくるの?」
と聞くと、
「いや、分からない」
という感じ。当然、それをこれから考えれば良いだけの話しなんですが。
段ボールを使って。という課題であれば、
なぜ段ボールなのか?
段ボールの良さは何なのか?
ということを僕はまず考える。
決して、「先生が言うから。課題だから」という訳ではない。
だけど、まずこれが伝わらない。
デザインにおいて、形が重要だということは、僕も承知。
だけど、ものづくりにおける形というのは最後の仕上げに近い物だと思っている。
技術が発達したおかげで、CADを使えば、形なんて正直後からどうとでもなる。
コンピューター技術を使っても出来ない事。
それは、今のところアイディアの部分。
まだ5年間しかデザインしてない僕が言うのもなんだけど、
デザインをして、ものを作ると当然それなりにお金もかかれば、資源も使う。
授業であれば、単位をとるためだけの犠牲なのかもしれないけれど、そうであってほしくない。
手をかけて、考えて、ものを生み出す。
僕は、それに自分のため以外の何か存在意義を与えたい。
見る人をびっくりさせたり、新しい感覚であったり。
それが無い、器だけのデザインを見ると、素材がなんだかかわいそうに思えてしまう。デザインは、常にアイディアを伝えるものであってほしい。
そんなことを胸にいつも物を考えてる訳ですが、
まじで、伝わらん。
ドイツでは、素材は素材でしかない。
形を作るための道具。
そんな感じがする。
面白かったのは、そう言う形のアイディアは、どの人も共通していること。
日頃から、ドイツのデザインはカクカクしていると思っていたんですが、出てくる形のアイディアもみんなカクカクしている。
他のグループのプレゼンシートをみても、まるで、口裏を合わせたかのように、どのチームも、ほとんど同じアイディアを出している。作り方も似ていれば、最終提案もほぼ一緒。
日本に来たドイツ人は、日本とは全く違う考えのものづくりで、びっくりしたのを覚えていますが、日本に来たドイツ人も一緒の感覚を持ったのかなと、考えてしまいます。
ちなみに、ドイツのすごいところは、最終のクォリティー。日本では見た事無いくらいのクオリティーのものをどのグループも持ってきます。
両極端だなぁー。